クシシュトフ・ペンデレツキ氏~Prof. Krzysztof Penderecki~

作曲家のクシシュトフ・ペンデレツキ氏は
母国ポーランドではショパンと並び称される存在です。
生誕80年を迎えた去年11月23日、ポーランド国立歌劇場で開かれた
バースデーコンサートには、彼と係わりのある音楽家が一堂に会し、
最後にワレリー・ゲルギエフが指揮台に立って『クレド』を振ると、
会場は壮大なスケールに包まれて特別なコンサートになったとのことです。

そして、この日にあわせて、人物伝『PENDERECCY』が出版され、
ここに、木之下が撮影した写真2枚を収録していただきました。

Penderecki_Pendereccy-Saga_m.jpg

ポーランド語の本なので、残念ながら内容がよく解らないのですが
350ページに渡り、氏の人生や作品についてが、文章と写真とで綴られています。

木之下が氏に初めて会ったのは、1976年5月の初来日のときで、
武満徹氏と赤坂の中華料理店で対談した席を撮影しました。
この時二人は「最初に図形を描いて、それによって音を探す。
美しい図形ほど音響的に美しい」と、手法の偶然の一致に、大笑いをして喜んでいたそうです。
『PENDERECCY』には楽譜の一部も紹介されており、
これを見ると、改めて、大作曲家達の云う意味が伝わってきます。

その時撮影したのがこちらの写真で、今回の本に載せていただきました。

Krzysztof Penderecki-4 by akira kinoshita

この写真は、武満徹さんについてご紹介した折に、このブログにも載せているので、
今日は、ペンデレツキ氏、武満氏、そしてペンデレツキ夫人のエリジェビエタさん
3人の直筆サイン入りの貴重な1枚です!

オペラ、交響曲だけではなく、
宗教音楽から映画音楽まで手掛ける多才なペンデレツキ氏ですが、
日本では『広島の犠牲者に捧げる哀歌』を思い浮かべる方も多いことでしょう。
6歳の時に第2次世界大戦が勃発、故郷が激しい戦禍にさらされた経験を持つ氏は、
『広島~』の他にも、アウシュビッツの被害者のために『ディエス・イレ』を書くなど、
悲劇を音楽に託した作品を残し、後世へ伝えています。
トーン・クラスターを多用したこれらの作品は、
スタンリー・キューブリックやマーティン・スコセッシ等の映画監督から、
レディオ・ヘッドのジョニー・グリーンウッド等、ロックミュージシャンにまで、
広く影響を与えてきました。

Krzysztof Penderecki-1 by akira kinoshita
<1976年11月 東京・赤坂>

故郷、ポーランドのクラクフにある彼の自宅には30ヘクタールの敷地があり、
彼が自ら植えた1700本もの木が、庭園をかたち造っています。
世界中から苗木を持ち帰り40年かけて広大な庭を完成させたとのこと。
幼い頃から樹木が好きだったという氏は、作曲と庭造りは似ていると語り、
この庭園で、四季の移ろいを感じながら、曲を書くことも多いようです。
そして、去年5月には、この庭の中に
”クシシュトフ・ペンデレツキ・ミュージックセンター”が完成。
コンサートホールを備えたこの施設は、若い音楽家を育てる場にしたいと
氏が長年の夢を実現させたものです。

Krzysztof Penderecki-2 by akira kinoshita
<1999年11月19日 サントリーホール>

木之下は、氏が指揮者として東京都響、神奈川フィル、日本フィル、N響、札幌のPMFなどを
振る姿を撮影してきていますが、
いつも傍らには美人のエリジェビエタ夫人がよりそっているのが印象的とのこと。

Krzysztof Penderecki-3 by akira kinoshita
<1976年11月 東京・赤坂>

孫のマリシャちゃんが生まれた時には『サンクトゥス』『ベネディクトゥス』を
書いて捧げた、とびきりの好々爺でもあるペンデレツキ氏。
80歳を迎えた今も、精力的に作曲家活動をしていらっしゃいます。

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『PENDERECCY』に収録されたもう一枚がこれ。
木之下の手元にも、氏のサイン入りの写真が沢山あるのですが、
彼も木之下がサインをして差し上げたオリジナルプリントを、ずっと持っていてくださったんですね!
嬉しいことです。
益々、お元気でご活躍ください!

木之下晃アーカイヴス




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SUPER FLUTISTS

木之下は音楽関係の雑誌などで、幾つかの連載を持っております。
今回は、その中のひとつ、音楽の教科書で知られる教育芸術社が、
音楽の先生向けに発行している
『音楽教育 Vent(ヴァン)』での連載についてご紹介してみます。

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専門誌なので、一般には目に触れることが少ないかもしれませんが、
この雑誌は不定期刊で、現在25号を数えます。
木之下は2003年の1号から、
フォト・エッセイ『音楽を観る愉しみ』と題して、
写真家の立場から、音楽を視覚的に楽しむという趣旨で寄稿しております。

連載17回目となる今号では『フルートを観る』をテーマに
フルート界を代表する、
ランパル、ニコレ、ゴールウェイ、パユの4人を採り上げ、
演奏シーンと『シリーズ~石を聞く肖像』からのポートレート等を並べて、
演奏家のONとOFFの表情を楽しんでいただいております。

フルーティスト達の、キリッとした演奏姿と
オフステージの多様な表情は、目を見張るほどの落差があり、魅力的です。

では、ご覧ください!!

■まずは、フルートの巨人:ジャン=ピエール・ランパル~Jean-Pierre Rampal~

Jean-Pierre Rampal by Akira KINOSHITA  jean-pierre rampal by Akira Kinoshita
<写真右・1975年10月28日 東京文化会館>

オフステージの写真は、彼が亡くなる1年前、
1999年11月の最後の来日公演の演奏後に撮影したもの。
大変お疲れの様子でしたが、撮影には快く応じてくださり、
「腹が減った」と云いながら、石を食べるユーモアを見せてくださいました。
さすが巨人…演奏も心も豪快でおおらかでいらっしゃったのが、
写真からも伝わるのではないかと思います。

■次は、フルート界の知性:オーレル・ニコレ~Aurèle Nicolet~

Aurèle Nicolet by Akira Kinoshita  Toru Takemitsu+Aurele Nicolet by Akira Kinoshita
<写真右・1974年3月9日 東京文化会館>

武満徹氏の遺作となった『エア』は、ニコレに捧げられた曲で、
そのリハーサルの折に2人に並んでもらって撮ったこの写真は、大変貴重な1枚となりました。

■続いて、フルート界のスーパースター:サー・ジェームス・ゴールウェイ~Sir James Galway~

James Galway by Akira Kinoshita  sir james galway by Akira Kinoshita
<写真右・1998年4月27日 サントリーホール>

彼と木之下は直接撮影の依頼を受ける友人関係でありますが、
彼はこの石の写真を自伝『黄金のフルートをもつ男』の中に、
お気に入りの一枚だと云って載せてくれています。

■最後に、現役最先端フルーティスト:エマニュエル・パユ~Emmanuel Pahud~

Emmanuel Pahud by Akira Kinoshita  emmanuel pahud by Akira Kinoshita
<写真右・2011年1月26日 トッパンホール>

演奏は天才肌の彼は、ステージを降りると快活な好漢。
さて、この石の肖像、石が彼のおでこに張り付いているようにも見えますが、
一体どうなっているか、お解りになりますか?
実は、床にフルートと石を置いて、腹ばいになって、
吹いているポーズを作ってくれているのです。
『石を聞く肖像』は「この石を見て感じたことをカメラの前で表現してください」と云って、
石を手渡した瞬間のイマジネーションを大切に撮影しているのですが、
パユのこのポージングは、撮影者にとっても印象深い一枚とのことです。

そんなパユ…『石を聞く肖像』には収録しなかった
幻の『石』の写真があるんです。
こちらも、なんとも雰囲気のある1枚で、選びきれなかった木之下は、
この写真にもパユのサインをもらいました!

Emmanuel Pahud by Akira Kinoshita2


スーパー・フルーティスト達の、オンとオフ、お楽しみいただけましたでしょうか?



木之下晃アーカイヴス



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『ヴァン』のご購読は、教育芸術社の販売部まで
お問い合わせください。(03-3957-1177)
【本体500円+送料+手数料】で入手可能とのことです♪

木之下の写真集は、コチラからも↓










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木之下晃

Author:木之下晃
音楽写真家木之下晃のブログです。
展覧会や出版のお知らせ、
撮影エピソードなどを紹介していきます。

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