2016年もどうぞよろしくお願いいたします

2015年は、木之下晃アーカイヴスにとって、激動の1年ではありましたが、
多くの方に支えていただき、活動を続けることができました。
心より、お礼を申し上げます。

2016年は、木之下本人亡き後の、新たなスタートと年と考えております。
どうぞ、皆さま、変わらぬご厚誼をお願いいたします。


2015年最後は、木之下の写真で作っていただいた、
カレンダーをご紹介します。

【松尾楽器商会 ピアニストカレンダー】
matsuo1.jpg

スタインウェイを扱う松尾楽器商会の卓上カレンダーには
長い間、木之下が撮影したピアニストの写真を採用していただきました。
2016年については、松尾治樹社長が
「代表作を使って、集大成となるものを作りましょう」と仰ってくださり、
本人が特に気に入っていた写真を中心に、松尾社長の想いも加えて
12か月を紡ぎだしました。

今年も、12枚、並べてみました。

matsuo2.jpg

ピアノの上に置いてくださる方が多い、この卓上カレンダー。
錚々たるピアノマエストロたちと、たくさんのピアノの音色が
素敵に共鳴しますように♪

【Buffet Group Japan CALENDAR 2016】
ビュッフェ2016

1991年から、木之下の音楽ホールの写真を使って
カレンダーを作ってくださっている
木・金管楽器メーカーのビュッフェグループジャパン。
生前の木之下が、数年先まで写真のご提案をしていたこともあり、
2016年用のカレンダーも無事に完成いたしました。

2016年はリオ・オリンピックの年でもあるので、
南米のホールで1年をお楽しみいただきます。

今年カレンダーに収録していただいたホールはコチラ!

1月~3月:アマゾナス劇場(ブラジル・マナウス)
Teatro Amazonas(C)Akira KINOSHITA for blog
Teatro Amazonas Ⓒ Tomoe and Akira KINOSHITA

4月~6月:テアトロ・コロン(アルゼンチン・ブエノスアイレス)
Teatro Colon (C)Akira KINOSHITA for blog
Teatro Colon (C) Tomoe and Akira KINOSHITA

7月~9月:リオデジャネイロ市立劇場(ブラジル・リオデジャネイロ)
Teatro Municipal do Rio de Janeiro(C)Akira KINOSHITA for blog
Teatro Municipal do Rio de Janeiro(C) Tomoe and Akira KINOSHITA

10月~12月:国立セルヴァンテス劇場(アルゼンチン・ブエノスアイレス)
Teatro Nacional Cervantes (C) Akira KINOSHITA for blog
Teatro Nacional Cervantes (C) Tomoe and Akira KINOSHITA


音楽ファンに根強い人気のある、ビュッフェグループの劇場カレンダー。
今年も多くの方に、1年を通して、木之下の写真を見ていただけることを
大変嬉しく思います。


それでは、2016年もどうぞよろしくお願いいたします。
木之下晃アーカイヴス

追伸:これらのカレンダーは市販はされておりません。



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【追悼】クルト・マズア氏(後篇)

〔In memory of Kurt Masur 2〕

Kurt Masur-bk4(C)Akira KINOSHITA
< Kurt Masur : 1983年10月27日撮影 昭和女子大学人見記念講堂>

前回に続き、逝去されたクルト・マズア氏を追悼します。
前回は、氏の堂々たる指揮姿の写真を掲載しましたが、
今回はプライベートショットも交えて、木之下晃が遺した文章共に掲載します。

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(前篇より続く)
 私は巨匠が75年にライプティヒ・ゲヴァンドハウス管弦楽団を率いて来日した折に、始めてカメラを向けた。以来、来日の都度撮影を続け、幾度か自宅にも招かれて家族と共に巨匠を写している。

 マズアを語る時、重要な節目の一つに、夫人であるヴィオラ奏者で歌手の櫻井偕子さんとの出会いがある。彼女は立教大学に進学するも学生運動の波に揉まれ、72年、4年生で中退。新天地を求め、母の友人を頼って片道切符で単身ブラジルに渡り、リオデジャネイロのブラジル交響楽団でヴィオラを弾いていた。それから2年後の74年4月のこと。巨匠がそのオーケストラに客演した折のリハーサルの休憩時間に、偕子さんが「ドイツへ行きたいと思っているのですが、スカラシップはどうしたらもらえますか?」と巨匠の楽屋へ聞きに行った。彼女を見た巨匠は、その時、偕子さんに一目惚れをした。

Kurt Masur-bk2(C)Akira KINOSHITA
<1983年11月4日撮影 東京文化会館楽屋 偕子夫人と共に>

 巨匠はその2年前に2度目の結婚をした前妻を交通事故で亡くし、もう二度と結婚しないと心に決めていたものの、その演奏会の後で偕子さんをディナーに誘い「先日の話だけど、私は東側から来ているので西側のスカラシップの手伝いはできないが、ライプティヒにも素晴らしい音楽学校があるから、そこなら手助けできますよ」とワインを飲みながら「ライプティヒに来る気はありませんか?」と遠回しにプロポーズした。しかし、突然な申し出は彼女にその真意が伝わらなかった。そこで巨匠は帰国を1日延ばて、再度求婚。その後手紙のやりとりがあって約1年後の75年7月15日、ライプティヒのザイフェン教会で結婚式を挙げた。偕子さんは24歳だった。
 
Kurt Masur-bk3(C)Akira KINOSHITA
<1985年11月25日都内にて撮影 マズアファミリー>

 二人の間にはデイビッド・謙君という子息がいる。(前妻との間には4人。)彼はコロンビア大学を卒業して、ドイツのデトモルトでバリトン歌手として学んだ。実は指揮の才能もあって、巨匠は「両方やっても相当なレベルまでいける」と彼の将来を信じている。

Kurt Masur-bk1(C)Akira KINOSHITA
<2001年10月18日撮影 マズアファミリー サントリーホール楽屋にて>

 マズアは、独・英・伊・露・仏語を話し、寝言はドイツ語。夢はオールカラーで見るという。文学青年だったそうで、フランス文学、ロシア文学に傾倒、特にロマン・ロラン、ビクトル・ユゴー、ドストエフスキー、プーシキンを愛読する。思い出の映画は15~16歳頃に見た、ロベルト・シューマンの人生を描いたマティアス・ヴィックマン主演の「トロイ・メライ」で、そこに出演していた女優のヒルデ・クラールは多感な青年の心に焼き付いて、永遠のファンになったという。嫌いな食べ物はドジョウ。夫人が浅草の駒形どぜうへ柳川鍋を食べに連れて行ったら「ギャッ」と叫んで店の外へ飛び出してしまったとのことだ。
 2006年12月に偕子夫人ゆかりの立教大学は巨匠に名誉博士号を授与した。(text by Akira KINOSHITA)

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木之下晃がこの文章を書いたのがいつなのかが、明確にはわからないのですが、
現在ケン・マズア氏は、指揮者として各国のオケからの客演をこなしつつ、
今年1月にはアシスタントコンダクターを務めるボストン交響楽団でimpressiveなデビューを飾ったと、
ご自身のホームページに記述がありますね。
1985年に撮影した写真では巨匠の膝にチョコンと坐っていたケン君が世界に羽ばたいていることを
巨匠と共に木之下も喜んでいることでしょう。

最後に、木之下のライフワークでもあったポートレイトシリーズ『石を聞く肖像』からの1枚を。

Kurt Masur-ishi-blog(C)Akira KINOSHITA

頭の頂きが薄くなってきたので、「髪がはえますように」と願ってのポーズとのこと!
素晴らしいユーモアをお持ちの方でもいらっしゃいました。

心よりご冥福をお祈りいたします。

木之下晃アーカイヴス






【追悼】クルト・マズア氏(前篇)

〔In memory of Kurt Masur〕

クルト・マズア(C)Akira KINOSHITA
<1987年5月10日撮影 神奈川県民ホール>

指揮者のクルト・マズア氏が12月19日に逝去されました。享年88。
木之下晃は、巨匠の自宅に招かれるなど、氏と交流を深めながら
撮影やインタビューを続けておりました。
木之下晃アーカイヴスは、木之下が遺した写真と文章で、巨匠を追悼いたします。
(前後篇に分けて掲載いたします。)

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 1989年11月20日、私はライプティヒのカール・マルクス広場を埋め尽くす三十万人の大集会の渦の中にいた。民主化を求める東ドイツ市民の声は、日に日に昂揚。その興奮する市民の声に対して、西側の状況を知るクルト・マズアは民主化を支持していた。市民からは民主化のリーダーとして信頼されており、話を聞いた当時の東ドイツの文化大臣も「我々はクルト・マズアを大統領に推している」と語っていた。巨匠は市民と体制の両側から支持されていたのである。
 翌、12月。来日した巨匠にサントリーホールの楽屋でその話を伝えると「私は絶対政治家にはならない」と断言。巨匠は“音楽”を選択したことによって、ニューヨーク・フィル、ロンドン・フィル、フランス国立管弦楽団と世界三大都市の冠たるオーケストラを率いたのである。後日その話題に触れると「大統領になんかなっていたら、とっくの昔に死んでいたよ」と笑っていた。

クルト・マズア 950507(C)Akira KINOSHITA
<1995年5月7日撮影 Bunkamuraオーチャードホール>

 クルト・マズアは、当時ドイツ領(現ポーランド)のシェレージエン地方ブリーグという所で生まれた。父親はシーメンスの電気技師で、時代の最先端の仕事をしていた。家は小さな電気店で母親が切り盛りしていたという。幼児の頃から音楽の才能が芽生え、それを見出した叔母の薦めで5歳からピアノを習い始め、ギムナジウムが終わると、16歳でプレスラウの音楽学校へ通った。
戦争が激しくなり、1944年の12月「敵が来る」と云うので、町の全員が逃げる中、まず母親の故郷チューリーゲン地方クロースターマンスフェルト町(アイゼンナッハの近く)へ避難、その後、父の職場「シーメンス社」があるハルツ地方オーシャスレーベンに移った。17歳で徴兵され、陸軍に編入、オランダの前線に送られた。その時、一緒に出兵した兵士の中には17歳の兵士が134人いたそうだが、そのほとんどが戦死、生き残ったのは、たったの25人だったという。巨匠は運よくその中にいた。

クルト・マズア 020625(C)Akira KINOSHITA
<2002年6月25日撮影 サントリーホール>

 その後は捕虜収容所に入れられるも、同じ収容所で看護師をしていた長姉が偽のパスポートを作ってくれて逃亡、父親が働いていたオーシャスレーベンまで歩いて辿り着いた。それから間もなくして敗戦。戦争が終わると、18歳でライプティヒ音楽院に入学、音楽家としてのキャリアを歩きだした。 ------(text by Akira KINOSHITA)

クルト・マズア 040420(C)Akira KINOSHITA
<2004年4月20日撮影 サントリーホール>

人道主義者としての功績も讃えられるクルト・マズア氏。
彼の生き方は、このような戦争体験に裏付けされるのですね。
近日中に後篇を掲載予定です。
引き続きお読みいただけると嬉しく思います。

木之下晃アーカイヴス




小澤征爾さん、ケネディ・センター名誉賞

小澤征爾さん、ケネディ・センター名誉賞を受賞

アメリカに貢献した優れた芸術家に贈られる
ケネディ・センター名誉賞=The Kennedy Center Honors
今年、小澤征爾さんがイーグルスやキャロル・キング、ジョージ・ルーカス等と共に、
この賞を受賞されました。
日本人の受賞は初めてのことです。
毎年、12月の第1日曜日にはケネディ・センターで米大統領夫妻列席のもと
祝賀行事が行われ、その模様はCBSテレビでも流れるなど、
アメリカでは、受賞は最大級の名誉であり、
祝賀行事は多くの方が楽しみにしているイベントでもあります。

Seiji Ozawa-59(C)Akira KINOSHITA
<1977年11月7日撮影 東京文化会館>

その祝賀行事で流すフィルムに、
木之下晃が撮影した小澤征爾さんの写真を使いたいと制作サイドから連絡を頂き、
小澤さん若き頃、エネルギッシュにタクトを振る写真を9枚ご提供しました。
木之下が1981年に出版した『小澤征爾の世界』(講談社刊)をご覧になり、
「amazingでincredibleな写真なので、どうしても使いたい」と言ってくださったのです。

Seiji Ozawa-64(C)Akira KINOSHITA Seiji Ozawa-63(C)Akira KINOSHITA Seiji Ozawa-60(C)Akira KINOSHITA
<1979年11月20日 渋川市民会館>

12月6日ケネディ・センターでは、オバマ大統領他多くの方が、
大きなスクリーンで木之下の写真を見てくださることになります。
またテレビを通して全米の方に木之下の写真を見てもらえると思うと、
こちらにとっても、大変名誉なこと!
小澤さんの活躍が、木之下の写真を益々輝かせてくれています。

小澤征爾さん、ケネディ・センター名誉賞受賞、おめでとうございます。

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浜松国際ピアノコンクール関連イベント
音楽写真家・木之下晃展 ~写真で愉しむマエストロたち~開催中

hamamatsu7.jpg hamamatsu6.jpg

浜松国際ピアノコンクールは、いよいよ、今週末が本選です!
449人の応募者の中から、6名が3次予選を勝ち抜き、
12月5日6日の両日、アクトシティ浜松大ホールにて、
オーケストラと共に、コンサート形式の選考会に臨みます。
10月15日から展示が始まりました、大きなガラス面を使った写真の展示も
12月8日のコンクール行事終了時までとなります。
本選を鑑賞する方は、ぜひ、ロビーの写真展示もお愉しみください♪
http://www.hipic.jp/

木之下晃アーカイヴス


プロフィール

木之下晃

Author:木之下晃
音楽写真家木之下晃のブログです。
展覧会や出版のお知らせ、
撮影エピソードなどを紹介していきます。

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