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【追悼】吉田秀和氏、畑中良輔氏逝去

音楽界の巨人、
評論家の吉田秀和氏が5月22日に、
歌手で文筆家の畑中良輔氏が5月24日に逝去された。

日本に音楽写真というカテゴリーが根付く前の1970年代、
新米フリーカメラマンの私を音楽写真家へと導いてくださった、
両氏との思い出をここにつづりたい。


吉田秀和1
吉田秀和氏 1980年 鎌倉雪ノ下自宅にて

吉田秀和氏に初めてお会いしたのは1974年で、
『音楽現代』を発行していた芸術現代社の中曽根松衛社長に連れられて、
鎌倉・雪ノ下のご自宅に伺った時だった。
その後、白水社から刊行された全集の口絵など、
幾度かご自宅へ伺い撮影を重ねた。
また、東京での演奏会の帰途、時折、
鎌倉までの道すがら横浜の私の自宅まで車に同乗させて下さり、
フリーのカメラマンに成り立ての私に
音楽写真について様々なサゼスチョンを下さったことが忘れられない。
「雑誌などの初出はあくまでのスタートで、いかにそれをまとめるか
 初めから考えて撮るといい」
「あなたは映像の人だから、物書きとは違った目線で音楽を捉えること」
など、それは得難い時間であった。


吉田秀和3
吉田秀和氏 バルバラ夫人 木之下  1980年吉田邸庭にて


吉田氏との最大の思い出は、
小澤征爾氏の訪中に同行した折、
吉田氏から誘われて、バルバラ夫人と3人で“万里の長城”“明の十三陵”を訪ねたこと。
バルバラ夫人が日本文学のほか、中国の歴史も勉強されており、
いろいろと教えていただいたことが懐かしい。
そのバルバラ夫人が2003年に亡くなられ氏が夫人の写真を整理されている時に
「木之下さんが写したバルバラの写真が一番いい」と
お電話をくださったこともまた忘れられない。


吉田秀和8バーバラ夫人 万里の長城
吉田秀和氏 バルバラ夫人 1979年万里の長城にて



一方、畑中良輔氏とは、1976年、
私が銀座の和光で『世界の音楽家』の写真展を開いた折に来場され、
初めてお目にかかった。
氏はその写真展の印象を、当時連載されていた『音楽現代』76年4月号の
“荻窪日記”に書いてくださった。
~カンディンスキー・木之下晃そして私~というタイトルで
「音楽写真は音楽と演奏家のかかわりあっている、
 抜き差しならないところでの1枚であって欲しい」
「その曲に対する演奏家のアプローチの方法を分析し抜いた上での、
 真剣勝負の1枚でなくては、演奏家の本質を射抜く一枚は生まれ得ないだろう」
など、それは鋭い展覧会評であった。

また85年に小学館から写真集『世界の音楽家』を刊行した際は、
第3巻の演奏家編に~眼のおそろしさ…~という玉稿を頂戴した。

畑中良輔
畑中氏を写したこの写真は、
氏の80歳の誕生日を記念して開かれた演奏会の折、
開演前にステージで歌っている姿を特別に撮影したもの。


私はこの2人から、音楽写真について、実に多くのことを教えていただいた。

心からの感謝の気持ちとともに、ご冥福をお祈りします。

                                 木之下 晃

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