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音楽の遺蹤~シベリウス・アイノラ荘

本日、7月16日は木之下晃が生誕した日でもあります。
そこで、本日より、木之下がこれまで雑誌等に連載してきた記事を、折々ご紹介していきます。

初回は、2007年4月より『音楽の友』で連載していた
「音楽の遺蹤~音楽を感じる旅」より、
連載 第9回「シベリウス・アイノラ荘」です。

今年はシベリウスの生誕150年のアニバーサリーイアーであり、
これを前に木之下は、精力的に撮影を重ねたシベリウスの足跡の写真を、
改めて整理していました。そこで、数々の連載の中から、
初めに、シベリウスについての記述と写真を改めてご紹介していきます。

音楽の遺蹤~シベリウス・アイノラ荘
〓フィンランド・ヤルヴェンパー〓
(『音楽の友』2007年12月号より  写真・文: 木之下 晃)

シベリウス67 by akira kinoshita
<アイノラ荘にそのまま残されているシベリウスのベッドと作曲机>


 ジャン・シベリウスが亡くなったのは、1957年9月20日9時15分で、
死因は脳内出血だった。今年は没後50年となる。
私はシベリウス逝去の報を新聞で知り、
その時「エッ!!シベリウスってまだ生きていたんだ」と驚いたことを覚えている。
享年92だったが、同じ時代の人とは、つい思っていなかった。
 私がシベリウスの終の棲家となったフィンランドのトゥウスラ村ヤルヴェンパーにある
「アイノラ荘」を初めて訪れたのは、80年8月23日だった。
その頃はシベリウスの5女で72歳になるマルガレータさんがご健在で、
別荘として使っていたので特別の許可を得て撮影した。
 
 シベリウスがヤルヴェンパーに住居を移したのは、
1900年のパリ万博で彼の作品が演奏され、
それが評判になって国際的に名が知られたことから、
社会的名士として人々との付き合いが増えて
作曲活動に支障をきたして、隠遁するためであった。
 ヤルヴェンパーはヘルシンキから北北東へ約30キロ行った小村で、
当時は人気もまばらな樅や樺などの林に囲まれた静かな所だった。
シベリウスはトゥウスラ湖から2キロほど離れた丘の緑に土地を求めて、
山小屋風の家を建てた。
設計はフィンランドの著名な建築家ラルス・ソンクで、1904年の夏の終わりに完成。
愛する夫人の名前をとって「アイノラ」と名付けて、50年間の愛居となった。
この地にシベリウスが住んだことで、後に画家のペッカ・ハロネン、
作家のユハンナ・ヘイッキ・エルッコやユハニ・アホ、
詩人のエイニ・レイノなどの芸術家が移り住み、芸術村となった。
フィンランドを代表する作曲家のヨーナス・コッコネンの住居も、
建築家アルバー・アアルトの設計によって建てられた。

シベリウス51 by akira kinoshita
<フィンランドのトゥウスラ村ヤルヴェンパーにあるアイノラ荘
 シベリウスはその人生の後半をこの山荘で過ごした>


 このアイノラ荘で、5女のマルガレータ(1908年生)と6女のヘイディ(1911年生)が誕生し、
ヴァイオリン協奏曲をはじめ、第3から第7交響曲などの主要作品が書かれた。
しかし、1929年を持って作品を書く筆を折ってしまった。
以降30年近い歳月、作曲家としての謎の空白時代が続いた。
 晩年のシベリウスは書籍が壁面一杯に飾られた書斎の片隅に、
当時の最新ラジオやオーディオ設備を設えて、
外国の短波放送やレコードで、自分の作品を聴くことを愉しみにしていたという。
葉巻を好み、作曲部屋は寝室と兼用にしていて、ベッドが置かれていた。
私が訪問した時は、シベリウスが息を引き取ったベッドがそのままになっていた。
またシベリウスの作品にならなかった晩年のスケッチも見せてもらった。

シベリウス89 by akira kinoshita
<シベリウスが用いた五線譜と天眼鏡>

 そのシベリウスと親しくしていた日本人がいた。
それは初代駐芬代理公使として、1933年4月にヘルシンキに赴任した市河彦太郎氏である。
最初の公使館は、ヘルシンキの南のはずれにあるカイボ公園の前に建つ
6階建アパートの6階の半分を使っていた。
その6階のあとの半分にシベリウスの次女であるルート(1894年生)が嫁いだイルヴェス家が入っていた。
そのため時折シベリウスが訪ねてきていたことから顔見知りになったとのこと。
私は縁あって夫人の市河かよ子さんと知り合って、そのことを伺った。

シベリウス109 by akira kinoshita
<アイノラ荘の庭にあるシベリウスとアイノ夫人の墓碑>

 シベリウスの葬儀は、9月29日に国家葬として執り行われた。
彼の墓はアイノラ荘の庭にあり、義理の息子で建築家のアウリス・ブロムシュテットのデザインによる
名前が浮き彫りになった正方形の平らな大理石碑が置かれている。
またその墓碑には、1969年に98歳で亡くなったアイノ夫人の名前が小さく寄り添って刻まれている。

木之下晃アーカイヴス
次回は、「音楽の遺蹤」より、ジャン・シベリウス生家をご紹介します。

■おしらせ■
7月19日放送の『題名のない音楽会』はシベリウスを特集。
佐渡裕さんと藤岡幸夫さんがシベリウスについて語り、演奏します。
この放送で、木之下が撮影した渡邉暁雄さんの写真を使って頂きました。
佐渡さん、デビュー時の写真と共にお楽しみいただけますように。
(7月26日BS朝日で再放送)


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Author:木之下晃
音楽写真家木之下晃のブログです。
展覧会や出版のお知らせ、
撮影エピソードなどを紹介していきます。

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